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2011年3月

2011年3月19日 (土)

ほんの少しでも

小山市にある県南体育館に福島県から避難されてきた方が宿泊されているそうです

今後800名ほどの方が避難して来られるとのことで、

救援物資の受付をしてるらしいよ~との情報が入ってきました

家中にある使ってないタオルやティッシュなどをかき集めて

お友達と一緒に早速、届けに行ってきました

たいしたものではないのですがほんの少しでも何かのお役にたちたくて

ボランティア受付もやってたので、お友達と一緒に申し込んできました

救援物資受付では、次から次とたくさんの方が真心を届けに来られていました

大変な人を思う温かくて優しい真心が、日本中・世界中に広がっています

2011年3月17日 (木)

生きてて良かった

東北のお友達にお見舞いのメールや電話をしています

私の住んでいた岩手県北上市は内陸だったので揺れは大きく停電で大変

だったそうですがみなさん無事で本当に良かった

今日、宮古市に住んでいるお友達からお返事がありお友達もご両親も

無事だったそうです生きていてくれた事が奇跡

ただ、家が流されてしまい二階しか残っていなかったそうです。。。

それでも「公民館に避難して食べ物ももらって

みんな元気ですので大丈夫です」と明るい声で、素晴らしいな~と感動しました

栃木では余震が続き、ガソリンと物資の不足気味も続いています

我が家では不思議なことに、トイレットペーパーやティッシュ、お米や野菜など

たくさんの頂き物のストックがあって、

なくて困ってる人におすそわけして喜ばれました

この震災でご近所の助け合いの大切さを改めて実感しています

2011年3月14日 (月)

3月11日

3月11日の朝、東京に入院していた主人のお父さんが危篤との知らせを受けました

主人は予定していた福島県への出張をとりやめ、二人で車で東京へ向かいました

「何とか間に合いますように!」と祈りながら、病院について「お父さん!」って

呼んだら、息苦しそうにしながらも手をあげて返事をしてくれました

子供、孫、兄弟みんながそろって見守る中、午後二時に静かに息をひきとりました

看護婦さんがお父さんをキレイにしてくれて、病室に呼んでくれたときに

突然大きな地震が起こりました!病院の6階だったのでかなり大きく揺れました

「震源地はどこだろう?みんな大丈夫かな?」とテレビを見ると、岩手や宮城が

大変なことになっていました。お父さんの死と地震とでダブルショックを受けました

翌日、荷物を取りに栃木に戻ったら、家の中はいろんな物が落っこちてちらかって

いたので、栃木もかなり大きく揺れたことがわかりました

幸い小山では大きな被害がなかったようだったので安心しました

お父さんの希望で、葬儀はなしで家族と近しい親戚だけで見送りました

少しでも医学の発展のお役に立ちたいので、亡くなったら検体に出すよう

自分で生前から申し込まれていました

昨日の12時にお迎えがきて東京大学理学部へ運ばれていきました

気持ちの良い晴天の青空で、眠っているようなきれいな顔だったので

お父さんの人生は大勝利だったんだと確信しました

地震のあとだったら交通網のマヒでみんな集まれなかったし

考えてみたら本当に不思議なことばかりです

栃木に帰って、岩手のお友達の連絡がとれ無事がわかってホッとしました

この地震で亡くなられた方のご冥福と、行方不明の方・避難されている方の

ご無事を祈っています!!!

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